プリエの最期のときの事

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今日、20日はプリエの月命日。

この1ヶ月、物凄く長く感じました。
まだ1ヶ月しか経っていないんだ・・・。
信じられないな。。。
たった1ヶ月がこんなに長いのに、これから先もずっと居ない事が信じられないよ。。。

10年はあっという間だったのにな。。。

調度1ヶ月経ったのでプリエの最期のときの事を記事にしておこうと思います。


5月19日までは過去記事になっている通りで、腹水が吸収されずでしたが、食べたいときに食べ、自分で排泄をして、私をずっと目で追っていました。
お顔もこけてきていて、お目目がクリンクリンになって、それはそれでとても愛おしかった。
痩せてきたら、ファルちんやローザにそっくりだったんだって事も気が付いたんだった。

20日の明け方は、珍しく目が覚めたときは、私の布団の上に乗っていた。
プリエが病気になってからは、辛かったのか、暑かったのか、私にくっついて寝にこなかったのに・・・。
脾臓が破裂した日の朝も、わたしの上に乗っかって寝ていたので、私もくっついて寝られるのがちょっと怖かったけど、久しぶりにプリエがくっついて寝ていたので、HUGをした。
「好き、好きemoticon-0152-heart.gif」っていっぱいホッペにチュもしたね。
プリエの腹水が溜まったお腹に圧迫を掛けない様にとそぉ~~と布団から抜け出して、朝ごはんの支度をした。
ドッグフードはまったく受け付けなくなっていて、その日はカンガルー肉だったかな・・・・? 250g食べました。
その後、いわしのつみれも食べる?って出したけど、食べなかった。
大好きだったのに、お腹に隙間がなかったんだよね。きっと。

ご飯を食べてお庭に出てチッチとうんPがポロッと1つだけ出せた。
もっと出したそうなんだけれど、とにかく腹水が多くて腹圧がかからないからうんPが出ない。 いや、出せない。呼吸も苦しくなるしとても辛そうだった。

その後、おうちのドッグベッドや、玄関の冷たいところで気ままにお昼ねをしていた。
調子も特別悪い様子はなかったのに。。。
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         2007年4月のプリエ

昼過ぎ、ブリーダーさんから電話でプリエの状態確認の電話があり、「大丈夫よ、問題ないよ」と電話を切った。
なのに、1時過ぎ頃から急に呼吸が苦しそうになると同時に血色も落ちて行った。
翌日、プリエの孫から供血をしてもらう約束になっていたので、この日、一日頑張ってもらいたかったので、1時半過ぎには生理食塩水の点滴をして回復を促した。
顎の下に氷枕を入れて呼吸を冷やしたり、体が蒸れないように冷やしたりとしつつも血行が上がるようにマッサージをしたりもして、3時過ぎには呼吸も落ち着き血色もだいぶ回復していた。

状態が悪いときは目安として水を飲めるか飲めないか・・・というのもあり、二人でテレビを見ながら安定するのを待っていた。
お水もちょっと飲めるようになっていたので、「チッチも6時間以上出てないねぇ。そろそろチッチ行こうか~」って言ったら、モソモソとお尻を動かして立ち上がろうとしたので、補助ベルトで立たせてあげたら、自分で門の所までタタタタタ・・・・と進んで行ったのです。
プリエが苦しい時に門まで行くのは「ママ、病院にいこう」って言う合図だったんだと思うんです。
今まで何度も病院に担ぎこまなければならなかったときも、協力的に出来るだけ自分で動こうとしてくれていたし、病院に着いて、先生が担架で迎えに来てくれると、先生の顔を頭を持ち上げて見て バタッと倒れて安心して連れて行かれたりしていたものね。 可愛かったねぇ~。
病院にいけば、楽になる って学習したんだよね、きっと。

でもその日は、私に、「明日病院に行くから、今日はお家でゆっくりしていようね。」 って門に向かっていったプリエに庭に戻るように誘導したんだよね。

庭の水道でお水を少し飲んで、「オシッコは?」と私に言われて、その場でしばらく乱れた呼吸を整えていたのか、心臓が苦しかったのか、その場で動かずに居た。
もしかしたら、その時、何かがプリエの体の中で起こっていたのかもしれなかった。

「いいよ、苦しいね。。。プリエのペースで良いよ。ここで一緒に待ってるよ。」って、プリエを擦りながら呼吸が安定するのを待っていた。

すると突然家に向かって歩き出したので、慌てて「チッチしないの~? ま、いっか。」 って補助ベルトを掴んで歩き出したプリエをサポートした。
そして、そのままプリエはリビングの真ん中に置いてあった自分のドッグベットに滑り込んで、ハァハァハァハァ・・・と呼吸を整えていたその瞬間に、 仰け反り返って一瞬で息が止まってしまったのです。

慌てた私は、プリエの名前を呼びまくりました。

その異常な様子に2階にいた主人が気がつき、慌てて降りてきましたが、「もう、逝かせてやれ。呼び戻すな。十分に頑張ったんだから。」と言われて私も我に返ったのです。

この数日前にプリエの足の血管が変に浮き上がっているのに気がついていたんです。
もう、プリエの体は、限界まで頑張っているって。
私が、プリエを逝かせてあげられていないんじゃないか・・・って。

主人に言われて気がつき、「プリエ!!逝きなさい!ママの所にいつか戻っておいで!待ってるからね」 と抱きしめてプリエの身体から力が抜けて逝ってしまいました。

出なかったチッチが出てスッキリした?
苦しいの終わったね・・・・。痛いの終わったね。。。
物凄く頑張ったね。 偉かったよ。 
ありがとう。 この10年間、わたしの全てだったよ。本当に愛してた。

ブリーダーに連絡をした。

「うそ!なんで?!」 彼女は言葉を失った。

私は泣き笑った。「やっぱり今日だったね。プリエはこの日を選んだんだね。」
理由は記しませんが、特別な日だったのです。

午後3時半頃だった。


その夜、訃報を聞きつけた友人・プリパピファミリーの方々が続々尋ねてきてくださった。
その中に、獣看護士をしている友人とナースをしているプリパピオーナーさんがプリエの腹水の処置をしてくれた。こんな苦しそうなままじゃ可愛そうって。 
Eちゃん、Dママ、プリエを楽にしてくれてどうもありがとう。まだちゃんとお礼を言えてなかった気がする。

その時、出してもらった腹水の量は軽く4リッターは超えていた。

それでもまだお腹の中には残っている状態で、その腹水は、夜中過ぎても冷めることなくお腹だけが温かかった。
それを思うと、腹水でどれだけプリエは暑い思いをして過ごしていたんだろう・・・・。
癌自体も 癌熱 という熱を発するらしいのに、 それが自分が発熱している時でも腹水を伝わって ポカポカの湯たんぽをずーーっとお腹に巻きつけていた状態だったわけだ。
よくお風呂場に行ってお水を飲んではお風呂に入りたそうな顔をしていたけど、腹水と癌熱で熱かったから水浴びしたかったのかな・・・。気がついてあげられなくてゴメンネ。


血管肉腫は常にチリチリとした痛みがあるらしいのですが、プリエは一度も弱音を吐きませんでした。
腹水を抜くのも本当は痛いらしいのです。でも、ピィ・・とも言いませんでした。
我慢強く、さいごの最期まで私が望んだ「プリエがプリエらしく過ごせる終わり方」 を貫き通してくれました。
亡くなる朝までご飯も食べたし、亡くなる直前までお水も飲んだし。
何度も繰り返し子供や血縁のある仔たちから供血をしてもらい、拒否反応も起こさず、プリエらしく精一杯生き抜いたんだと思います。
その治療に尽力してくださった病院の先生方もどうもありがとう。


プリエ・・・、よく頑張ったね。ホントによく頑張ったよ。 
あなたの頑張りを見てきたからママも頑張るって決めたんだよ。
一緒に過ごした10年、楽しい事もいっぱあったし、悲しい時も一緒に居てくれたから乗り越えられてきた。
わたしの全ての原動力だった。
わたしの元に来てくれてありがとう。

またいつかプリエみたいな仔と出会えるか判らないけど、今は忘れ形見のBON・ファルコンビを大切に育てていくよ。
たまにBONくんにプリエが乗り移ったかの様な行動をするようになりました。
ちょこちょこプリちゃんはわたしの様子を見に来てくれている様な気がします。
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たくさんの出会いを繋いでくれたプリエ。
たくさんの家族を作ってくれて繋いでくれて、ありがとう。
そしてプリエを可愛がってくださったお友達の皆さん、本当にどうもありがとう御座いました。

by puri-puri-prier | 2012-06-20 01:01 | お病気 プリエ